かっこよさの宿るところ

ひとつ前にも書きましたが、先日お手伝いした脱穀作業から感じたことを、もうひとつ。

 

日干ししていた稲束を脱穀機にかける作業以外にも、同時進行でやることがいろいろあります。

 

そのひとつが、脱穀されたあとの稲束を集めて互い違いに組んで束ねて、それを稲で作ったひもでまとめて結んでいく、というものです。

 

稲の繊維って、強いような弱いような、だし。

長さや大きさも、揃っているような揃っていないような、だし。

さいごに結んで締める加減も、手でぶんぶん運んでいるうちにほどけない、絶妙な締め具合が必要。

 

数字では決して説明できない、この絶妙な作業を難なく長時間こなす、農家出身・この道ウン十年のSさんたち。

 

 

 


 

身体に備わる叡智の美しさと、できあがる稲の束の美しさに、思わず

 

「かっこいい~!」

 

と言っても、本人たちは

 

「え?なにが?!なにが?!これが?!」

 

と、いたって不思議そうなのも、意識にすらもう上がらないところで作動している本物の身体性を表しているみたいに感じられました。

 

 


 

 こういう美しさを目の当たりにすると、

「ソマティックス」とか「ボディワーク」とかの言葉も

霞んで吹き飛んじゃう。